2010年6月13日日曜日

arrivederci a ROMA

なごり欲しいカプリ島に別れを告げ、
ローマに入るが、もうはや高速は大渋滞だ。
なんとか集合場所に戻り、カプリ島で買った
お土産をひとまずホテルに置いて、
テルミニ駅の構内を横切ってマルサラ通りにでる。

今夜は、イタリアでの、ローマでの最後の夜。
ローマでは、以前テルミニ駅近くのスターホテル
メトロポールに滞在したとき、近くでまずいピッツァを
食べた記憶がある。今度こそは、うまいローマ風ピッツァを
絶対食べると心に決めていた。
ローマ人であるイタリア語の先生のお勧めの
ピッツェリアが、最後の切り札。
ちょっと一人歩きが心配の人通りのない夜道だが、
先生は、大丈夫だよって言ってくれてたし。
(この大丈夫の意味がビミョー(苦笑)

場所は、ローマ大学近くの学生街San Lorenzoと呼ばれるゾーン。
このマルサラ通りをサン・ロレンツォ門へ向かって歩く、その途中、
遺跡が見えるあたりから左方面に入って、degli Equi通りまで。
時刻は、すでに午後9時近く。
店の名前は、Pizzeria Formula 1。
名前の通り、壁にはF1のレーシングカーや、
レーサーの写真が貼ってあり、
店は、かなり古くて、テーブルも大人数用に繋げられて、
あたかもどこかの食堂にいるようだ。
メニューが置いてないにもかかわらず、
カメリエーレは、当然のように注文を聞きにくる。
しかも、超満員で、暑くてかなり騒がしいくて
熱気ムンムンだ。



なのに、、、、、


なのにだ。

ここには、今まで入ったリストランテや
トラットリアのような、観光客相手の
よそよそしさがない!
来てるお客もそこらへんの住民のようだ。
みんな熱く語り合い、大声で笑い、アツイ!
まさにイタリア人そのものだ。

メニューを持ってきてもらい、ピッツアは
マルゲリータを注文した。
ほんとに薄くて、かりっかりのクリスピーな
ロマーノのピッツァ。
びよ〜んとモッツァレラチーズが伸びる。
これに、この熱気むんむんの暑さでビールも
大ジョッキでぐいぐい。
これぞ、イタリアって気がして、
ローマ最後の最高の夜だった。

*2回目となると、写真もぐっと少なくなる。
最初は、このブログの記録用と思って
いろいろ撮っていたが、どこへ行っても
東洋人の顔をしているのは、私だけ。
食べる時も、いちいち写真など撮るのに
嫌気がさしてきてしまった。
なので、今回は、ほとんど撮っていない。
記録は、こうして言葉に残した。


夜が明けて、
13日、とうとう日本に帰る日がきた。
早朝、マルサラ通りにある空港行きのシャトルバス、
この6:50に乗る、空港まで1時間10分、
8ユーロだ。切符は、乗り場にいる係員から買う。


実は、ローマに着いても帰りのフィウミチーノ空港へ
行く手段をどうするか決めていなかった。
ホテル・ロイヤルサンティーナ前から出るこのシャトルバスの
ことは、うっすら頭にあっただけ。
テルミニ駅からレオナルドエクスプレスという手もあるが、
早朝は、電車の発車時刻が変ったりするとか聞いていたし、
最悪、タクシーかな、などと思っていた。
そんな中、ちょうど、昨日サンタ・マリア・イン・コスメディン教会から、
一緒にテルミニ駅まで帰った若者が、ここを教えてくれた。
わざわざ、一緒にここまで歩いてくれて。

人との出会いとは不思議なものだ。
あの時、私がデジカメの電池パックを忘れなかったら
ここのことも知らなかったことだろう。
そして、
トラステーヴェレで道を聞いたおじさん、
尋ねてから、あとで足がご不自由だったことに気づき、
後悔したが、わざわざ一緒に歩いてくれて、
申し訳なかった。。。。
ほんとにいろんな人たちに助けられた旅だった。
お世話になった、たくさんの人たちに感謝したい。
ありがとう!

いろいろあったイタリア、
もう、イタリアなんか大嫌い!と今回ほど思った事はない。
なのに、またここへ戻りたいという気持ちがふつふつと湧いてきている。
次は、再びヴェネチアへ、、、、などとビッグマウスしてみる。
やれやれ、どうやら私のイタリア熱はまだまだ覚めそうも
なさそうだ。
思ったら即、実行してしまう私を理解してくれる家族にも感謝!
やっぱり、愛してるよ、イタリア

2010年6月12日土曜日

ポセイドンが微笑んだ!

テルミニ駅裏、マルサラ通りの駐車場へ
朝7時15分までに集合。
これから、カプリ島へ青い洞窟(la grotta azzurra)
を見に行く。
個人でも行ける場所だが、現地のツアーに参加して、
いっさいの手間を省く。
なので、日本人の団体観光客と一緒になって、
観光バスで、ガイドつきである。

ローマから高速に入り、3時間くらいでナポリに着く。
車窓からガイドさんが、アッピア街道のカプアだの、
映画のセットでよく使われる有名なガゼルダ宮殿だの、
説明していると・・・・・
あ! ヴェズビオ火山が見えたきた!
2つの山が重なっているんだ。

ナポリ市内に入ると、道路脇でサッカーW杯の旗売りが目につく。
あたりも噂の通りゴミが散乱していて、バスの下から見える景色は、
すざまじい人生劇場を目の当たりにする。
信号待ちで待つ乗用車たち、っとそこへふらふら車の間をぬって
勝手に窓を拭き始める男、完全に場違いなウクレレ売り。
ここで体を張って命がけで商売しているのだ。
ナポリって、すごいところだなという印象が残ってしまった。

さて、われわれは大砲が当たった跡がど〜〜んと残る
ヌオーヴォ城を後に、このナポリ湾から高速船に乗る。
ナポリ湾も遠くからみるとほんとに奇麗だ。
ナポリを見て死ねとはこれのことか。


今日は、あいにくちょっと薄曇り、抜けるような青空を
ここ南イタリアに期待していたのだが。
ガイドさんが高速船を降りたらすぐボートに乗ってくださいとの指示。
このボート乗り換えが早いか遅いかで、青い洞窟に入る順番待ちが
決まるのだ。高速船がつくやいなや、皆、無言でボートに突進する。
さすがに、われわれのツアーは即座に乗り込んだので、
現地ガイドさん喜ぶ、喜ぶ。

このガイドさん、イタリア人ではあるが、日本語ぺらっぺら。
私が、ちょっとイタリア語で彼女に話しかけてみると、
反対に質問されてしまった。
「あなた、このイタリアへは観光で?それとも勉強で?」
と聞かれたので、
「語学も兼ねてですが、イタリア語、難しくて・・・・・」
と答えると、彼女、私の目をきりっと見つめて、
「私は、日本語かなり勉強しましたよ。」
と言われてしまった。もっと気合い入れて
イタリア語を勉強しなさい!
そんなことでは語学は、身に付きません!
と、さも言いたげだった。(イタリア女はつくづく厳しい)
聞けば、ナポリ大学出身で日本にも留学していたとか。
努力せずして、成果は得られぬということですな。


さて、これからまた小舟に乗り換える、そして、
やっと洞窟に入れるのだ。
結局、3回も船を乗り換える訳で、この小舟に乗り換えるまで
揺れて、揺れてたまらないボートの中でしばし待たなければ
ならない。 向こう岸でも順番待ちの人たちが、小舟に
乗ろうとしている。
なんか波も荒れてきたし、空も太陽が雲で隠れたり出たり。
午前中見る青さが一番きれいと聞いていたが、もうお昼だ。
大丈夫だろうか
わずか1mほど足らずの入り口で、小さな小舟が波のタイミングを
見計らって出たり、入ったり。


そうこうしているうちに、太陽も顔を出し始めた。
よかった!
あ、小舟がこっちにきた!
そろそろ、われわれの順番が来たようだ。
3人くらいに分かれて小舟に乗り
体を寝かせる。
なんかちょっとしたアトラクションだ。

どきどき。。。。。。
きゃ〜〜〜 !
船頭さんのうまい手さばきで
すう〜っと洞窟の中に吸い込まれる。
っと入った瞬間、信じられない青さが
目に飛びこむ!

(画像をクリックすると動画が見れます)

幻想的!

あまりの美しさに、嬉しくて涙がでてきた。
たった1m足らずの入り口から、太陽が
差し込みこの底で反射して青く光る。
奥は真っ暗なため、余計にこの青が映える。
古代ローマ人は、もうここの秘密に
とっくに気づいていたというから鋭い。

陽気な船頭さん もう一周、洞窟内を
回ってあげるといってくれた。
もちろん後のチップを期待してのことだろう。
そこで、船頭さんにオールでぱ〜んと水を散らしてもらえば
宙に舞うサファイアごときを体験できたのに・・・・・。
これも後で帰ってから読み返した、
シモネッタ(田丸久美子)著 
イタリア紀行の本に書かれてあった。tohohoho



カプリ島では、フェラーリのマークをやたら目にする。
ここに社長の別荘があると聞いた、そんな
セレブたちのバカンスの名所なのだ。
さて、われわれは幸運に恵まれ青い洞窟を見た後、
ランチへと出発する。
坂をどんどん登って山の中腹あたりにある
高台のリストランテ。席に着くや否や、
リモンチェッロならぬ、特産のレモンで絞ったジュースを
持ってくる、うまい!
本日のランチは、ボンゴレビアンコのスパゲティ、
こんな海沿いに来て貝なしのボンゴレとは
いかがなものか ・・・・・・・
ツアーに付いてくる食事に期待をしてはいけないが。
セコンドピアットの白身魚とイカのグリルがうまかったし、
まあ、新婚さんたちと楽しい会話で盛り上がった
のでよしとしよう。

リストランテ前で出会ったバッカス君、かわいい。
たっぷり飲んでいきなよみたいな。。。。



さらば、カプリ島
船から外のデッキにでて、波の音が、海風がほんとに心地良い。
iPod(iPhoneの中の)からは、Gypsy KingsのVolare♪
あまりにも似合いすぎる。
うん、また来る!
今度はここに泊まるのだ。

青い洞窟に入るのは、ある意味賭けだ。
何しろ、晴天でも波のご機嫌で入れるかどうかが決まるのだから。
私たちは、ほんとにラッキーだった。
しかも、やはりここも異常気象の影響が出ていて、
5月の始めは、天候が悪く、青色でなく緑色だった日もあったと
現地ガイドさんから聞いた。

海の神、ポセイドンよ ありがとう。

2010年6月11日金曜日

TRASTEVERE

サン・シルヴェストロ広場のバスターミナルまで歩き、
バスに乗ってサン・ピエトロ大聖堂前に着く。
っと後ろから誰かが私の肩を叩く。

ん? 誰だね?

おぉ、午前中、サンタ・マリア・イン・コスメディン教会で
一緒だった若者ではないか!
またこんなところで会えたとは、なんという奇遇な。
彼はこの大聖堂を見た後、午後7時に
予約してあるヴァチカン博物館へ行くと言う。
ヴァチカンでもナイト・ミュージアムとか
いうのをやってるのか。
人気が少なくなった場所で、彫刻が、今にも動き出しそうな、
なにやら不気味っぽいな・・・・・。
そんなどうでもいいことを思いつつ、セキュリティチェック
へ向かう。幸い、行列もなく、さっさと進んで行く。
彼は大聖堂へ行くというので、私はクーポラの列に
ならんだつもり・・・・・・・・
だった!

っが、

何故か地下に入って行くではないか!
教皇のお墓ばかりが並ぶ。
ダン・ブラウンの小説 天使と悪魔によれば、
螺旋階段を降りて、薄暗い地下道とあるが
みょ〜に明るいではないか。
しかも、ある教皇のお墓の前にはたくさんの花が
投げ込まれている、
そして、その前で美しいパードレたちが
悲壮な顔で並んでいるではないか、
いったいどなたなのだろう?

おや? しかしなんでこんなところを通るの?
うわ!

どうも列を間違えたらしい。
あとで地球の歩き方ガイドブックを見ると、
左片隅に小さく列は間違えないでねっとある。
出口をでて戻るが、すでに閉鎖されて終わっていた。
なんたること・・・・・・・
次のお楽しみということで、
また、いらっしゃいということだね、これは。
って、私いったい何回イタリアに、サンピエトロに
来ることになるのだろう。



あった! ベルニーニ作、ウエスト・ポネンテ。
西風の神、ゼピユロス
3年前に目的を果たせなかった場所。
やっとオベリスクの周りに入る事ができ、
"天使と悪魔"の残りのアイテムを探す事が出来た。
感激である。
それぞれの方向に1つづつ、あんなにたくさんあったとは。

とにかく目的の1つは果たせた。
さあ、気になるお店があるトラステーヴェレに向かおう。
バスに乗るには・・・・、う〜ん 115番バスですぐか、
ってバス停がわからないが、ま、とにかく誰かに聞いてみよっと。
いつも私の旅は、この調子である。
よく調べもせず、とにかく行けば、聞けばなんとかなるだろう
の繰り返しで、いつも失敗をして学ぶ。
今回もまた然り。
115番ではなく、23番バスが停まるバス停まで
来てしまったようだ。
一緒にバスを待ってるブラジルから来た神父様も
トラステヴェーレまで一緒。
やってきた23番バスは、朝のショーペロの影響か超満員!
乗るのもやっとこさで、さっきの神父様もどこに行ったのやら。
まだ、着かないから大丈夫だと思って景色を見てると、
なんだかへんな方向に行くではないか。
慌てて、人をかき分け運転手がいる前のほうへ行って
運転手さんに声をかけたつもりだった

私:「あの〜、 トラステーヴェレに行きたいんですが。。。」

突然、近くにいた一人のシニョーラが、

シニョーラ:「アンタ!もうとっくにトラステーヴェレなんて
通り越したわよっ」

私:「えええ!」

シニョーラ:「最初の停留所で降りなくちゃ」

私:「えええ! 本当ですかっ ど、どうしたいいのでしょうっか!」

シニョーラ:「大丈夫、大丈夫、心配しなくても。バス降りてから
反対方向の3番バスに乗り換えるんだよ!
いい? これから降りるバス停が来たら教えてあげるから。」

私:「はい、 ありがとうございます、シニョーラ」

このやりとりが、英語とイタリア語混合で行われたのは言うまでもない。
ほんとに何と感謝していいのやら、ありがとう、シニョーラ。
そんな具合でトラステーヴェレにたどり着く。
あとで、ローマパスを買った時についてきた地図を見れば、
この23番バスで、目的地のメルカンティ広場がすぐだった
なんて、思いもしない。

旅というものは、思いがけない失敗があってこそ、
心に残るというものかもしれない。

トラステーヴェレ通りの道路脇には屋台がいっぱい、
活気があって、ほんとに下町っていう雰囲気だ。


サンタ・マリア・イン・トラステーヴェレ教会は、
ストリートミュージシャンもでてにぎやかな雰囲気の中、
結婚式もやっていた。
この階段に座ってみると、横に座っている男の視線が
スリっぽくてやばそ〜な気配。
さっさと通りを歩いて行くと、たくさんのリストランテが
列をなす。このあたりは、美味しくて値打ちなお店が
多いと有名なので、欧米人の観光客の団体が目につく。
そこからまだまだ歩いて、ミサの最中の
サンタ・チェチーリア・イン・トラステーヴェレ教会も
ついでにお邪魔して、細い通りを歩く。
めざすはメルカンティ広場にある、Taberna de Mercantiという
1600年代の古い館を利用した、ピッツェリア。
店内には、昔のローマ庶民の生活用品まで、
飾ってあるという。 ここで、ローマの伝統的
料理、チェチ豆のスープとローマ風ピッツァをテラス席で
食べるつもりでいたのだ。
広場にたどり着くと、似たようなお店がずらり。
入り口付近で、椅子に座っているカメリエーレたちに聞くと
「ここがそうだけど、あいにく、今夜は、団体の貸し切り
なんだよ、明日おいで。」と言う。
明日は、もう来れないってば。
なんたることか。
がっかりしてテヴェレ川沿いをとぼとぼ歩いて、
ふと思い出したのが、ミシュランの本にも載っていた
テヴェリーナ島のSora Lellaというリストランテ。
さっそく行ってみたが、やはり予約してないと
お断りだと言われる。 お店も意外にも狭くて
驚いた。後で考えても見れば、ミシュランに
載るくらいだから、予約なしなど無謀だった訳だ。

今夜は、あきらめてテルミニ駅付近で食べようっと、
再び歩いてバス停に向かう。がまたまた バスが来ない!
そこで同じバスを待っているオヤジが、話しかけてきた。
このオヤジ、バスに乗っている最中もず〜っと一人、
しゃべりっぱなしである。
しかも、英語。 もう 私は、すっかり落ち込んで
英語でもイタリア語でもしゃべりたくもない。
適当に相づちを打っていると、何やら自分はコンピュータ・
ミュージックもやっていて、坂本龍一をリスペクトしている
とか言い出した。

ん? 私、教授のメリークリスマスが
好きですが、、、っと言うと、相手は知らなさそう。
ならば、歌ってみようではないか、っと

つい歌ってしまう。

いやいやーーーー 合唱が始まってしまった!
こんなこと、絶対日本じゃやらない、っていうか出来ない。
ず〜っと二人で歌いながらテルミニ駅に着いたのだった。
落ち込んでいた私の心も、雨上がりの晴れのように
ぱ〜〜っと明るくなった。
食事でもいかがかな?と誘われたが、もう さすがに
一人になりたかったので、感謝の意を伝え さよならした。

ホテルに帰る途中、目に入ったリストランテ。
カブール通り際に出された外のテーブル席にふらりと座る。
名前ももう忘れてしまったけれど。
スプマンテをビッキエーレ(グラス)でお願いね
って念を押したのにもかかわらず、
わざわざボトル持ってきて、目の前でスポ〜〜ンと
心地良い音をさせて空けてくれた。
ローマ名物、ブガッティーニ・アマトリチャーナの
極太麺をぐるぐるフォークに巻きつけながら
食べていると、またアコーディオン弾きのおじさんが
どこからともなく現れた。 素朴な音楽に酔いながら、
今日はほんとにいろんなことがあって、いろんな人に
助けられたとしみじみ思いながら味わうのだった。

明日は、いよいよローマを離れてカプリ島だ。
いいことがたくさんありますように・・・・・。

バロック@ROMA

本音を言うと、Forno Campo de' Fioriという
お店のパニーノが、食べたかったんだ。
でもね、テイクアウト専門のようで、
どこにも座って食べるスペースがなかった。
立って食べてる人をたくさん見かけたけど、
やはり、座ってゆっくり食べたいよ。
っとそんな言い訳を自分にしながら、

カンポ・デ・フィオーリから大通りにでて、
石畳の道をぼちぼち歩く。

何げない路地、なのにほんとに風情あるな〜


こんな路地を抜けながら、ナヴォーナ広場へと向かう。
体が覚えていたのか、地図も見ないでどんどん足が進む。
あ、やっぱりあった、あった!
3年前にダン・ブラウンの小説、"天使と悪魔"にはまり
ここにたどり着いたものの、修復中の囲いで見れなかったけど、
今回、こんなに奇麗になって私の目に現れた、
ベルニーニ作、四大河の噴水。
嬉しかった!
バロック芸術の賜物だ。 
相変わらずいろんな絵描きさんたちが、こぞって絵を披露していた。

バロックと来たら、カラヴァッジョ。
この近くにある教会、サン・ルイージ・ディ・フランチェージ教会
に彼の作品の一部がある。
ほとんどの教会は、お昼頃まででいったん閉めて、それから
午後3時とか4時からまた、開ける。
ここは、4時から。まだ、15分前だというのに、

何?この人だかりは!


さすがにカラヴァッジョ没後400年だけあって、
世界中から噂の作品を一目見ようと集まっているのだ。
左の"聖マタイの召し出し"  キリストの右手の指が示している
人物はいったい誰なのか? 
謎が多い彼の作品、私の中では、気が短くて危険な
人物のイメージがいつもつきまとっていたが、
あの映画の中のカラヴァッジオは、まじめすぎてつまらない。
奇才という人は、どこか毒気がないと。。。。


それにしても、今までいろんな教会で絵を見たが、
こんなにうまいこと絵がはめられた場所を見た事がない!
この上の天窓から差し込む太陽の光。
すべて計算済みの事か、それとも偶然か?
光と陰を巧みにあやつるカラヴァッジョの、この絵に
あまりにも似合いすぎる!
そして、教会の祭壇もきんぴかの豪華絢爛だった。
すべて、すごすぎる、さすが、バロックだ。


さ、ここまできたら、ついでにまたまたパンテオンにも行こうではないか。

ラファエロ様のお墓。
相変わらずここはいつもすごい人。
オラクルからはあの時と同じ美しい光が差し込んで、
スポットライトのようだ。
思えば、3年前ポポロ広場からこの辺りまで、
すべて歩いて回ったのだった。
10月のローマを訪れた人はやめつきになると、
塩野先生は何かのエッセーに書いておられたが、
まさにあのやわらかな日差しが、
今、嘘のように思える6月。

暑い時には欠かせないのがジェラート。
ここからすぐに、ジェラートで有名なお店、GIOLITTIがある。
店内は意外に広いが、ジェラートのケースの周りには
すごい人だかりだ。
レジでピッコロと注文して、列なんぞまったくない
無秩序な中で、どうやって注文するかと様子を伺って
いると、私の前にいた男性が、先に買いなさいっと
言ってくださった。さすがにレディー・ファーストの国だ。
なんてスマートで素敵なんだろ。
ここに来る前に、飛行場であくせくして自分のことしか考えない
日本人のおじいさんとつい比べてしまった。
種類が多すぎて、選択しがたい中、
コーンカップにピスタキオとチョッコラータを乗せてもらう。
ピッコロなのにけっこう量がある。
ん〜もう、ほっぺが落ちるくらいほんとに美味しかった!

お、もうこんな時間!
そろそろ、昨日閉めだされて入れなかったサンピエトロ大聖堂へ
行ってクーポラに登らなきゃ・・・・・・・・

市場@ROMA

カンピドーリオ広場を横切り、少々遠回りであるが
歩いてサンタ・マリア・イン・コスメディン教会へ。
ローマのシンボルのようになってしまった
真実の口がある教会だ。
映画ローマの休日ですっかりおなじみの真実の口、
古代のマンホールの蓋だったと聞けば興ざめでもあるが。
並んで待っている間に日本人の方々と少しお話。
今日は、ヴァチカンはお昼からなら入れるよとか
いろいろ情報をいただいき、ありがたかった。
ところで、
私と来たら、この朝、デジカメの電池パックを充電したまま
ホテルを出てしまい、空のデジカメを持ってきてしまった。
なんたること!
iPhoneで写していたのだが、どうも画像がいまいち。
やはり、いったんホテルに戻る事にした。
ついでに、そこに居合わせた一人旅の若者もテルミニに
帰るというので、一緒に地下鉄に乗って戻る。
とにかく、この若者、よく調べてイタリアに来てるな〜って実感。
いろいろ教えてもらってほんとに大助かりだった。

さて、
今日のランチは、何が何でもカンポ・デ・フィオーリへと
と決めていたので、まずはテルミニ駅からバス64番バスに
乗ろうとするが、何故か来ない。隣にいたおじさんに聞くと
今日は、64番バスはショーペロ(スト)だからとかなんとか
笑いながら。え? このおじさん、マジか?
冗談で言ってるんじゃないのかと疑ってみる。
とにかくヴェネツィア広場まで行きなさい、そこから
歩いても行けるしと教えてもらっていると、
ちょうどタイミングよく、むこうのバス停にヴェネツィア
広場行きのバスが。あ〜なんてついてるんだろ、私。

運転手さんに聞くとやはり今日はショーペロだった。
朝、テレビのチャンネル5で天気予報しか見てこなかった
ことを後悔する。
ヴェネツィア広場からとことこ歩く。
途中、太いV.Emanuele Ⅱ通りから左に入るとすぐあった。
もう、朝からのにぎわいも一段落のお昼さがり、
八百屋さんでいろんな果物や野菜に感激する。


雑貨から鞄、洋服、食料品に至るまでところ狭しと屋台が並ぶ。
パスタなどにいれると、あっという間にアッラビアータが
できちゃったりする香辛料のミックスが売っていたり。





お花たち、買って帰りたいが、この後まだまだ私の珍道中は続くのでがまん!



さすが、トマトのイタリア!
マンマたちは、今夜、なんのおかずにするのかな〜




八百屋さんで、
「リンゴ1つでもいい?シニョール」
「あ〜いいよっ」
こんなやりとりが現地の人とできるのが嬉しい。
広場のまわりをぐるりと囲むようにたくさん
カフェのテーブルが並ぶ。
これから、とりあえず冷えたビールを注文して、
のんびりとお昼ご飯。
近くでは欧米系の女性が一人、半端でない量のサラダを
食べていたが、やはり、私はパニーノが食べたい。
ドライトマトとターキーのパニーノ、うまい!
っとそこへアコーディオン弾きのおじさん登場。
おじさん、なにげにゴッドファーザー愛のテーマを
弾き始めたではないか・・・・・・・
あ〜〜
いいね〜
なんだか泣けてくるよ

この屋台といい、この雰囲気、なんという絶妙なタイミング。
私、今、ほんとにイタリアに居るんだ!

いにしえのROMA

ホテルの横っちょにある古ぼけたバール。
美形のにいちゃんが、はみかみ笑顔で入れてくれる
エスプレッソが今朝もうまい。
相変わらず車はごった返し、人々はそれぞれ
赤信号もおかまいなしに合間を縫って渡り、
目的地へと急ぐ。
ローマは、現代と古代が上手く融合している街だ。

これから地下鉄に乗り、ローマ帝政期に建てられた
コロッセオに再会だ。
ツアーで来た時は、入場はなし。入り口付近で
トイレに入るつもりが、ついぐるりとコロッセオの外周りを
一周してしまい、集合時間もとうに過ぎて添乗員さんを
まっつぁおにさせた苦い思い出がある。
今回は、一人旅、時間に束縛されないよさがある。
朝一に来て、ローマパスでかるがる入場し、
エレベーターで上まであがる。

外にでて、静寂に一人、じっとここを見つめていると
5万人をも収容したという広さの中で、
うぁぁーっと群衆の声が聞こえてくるかのようだ。
映画"グラディエータ"が、"ベン・ハー"が思わず頭を駆け巡る。
剣闘士たちの勇気、そして、民衆の興奮した叫び。
入場してみないことには、この壮大さを体感できない。
地下では、エレベーターのような仕組みで出し物を披露したり、
また、地上に水を張って、海戦まで再現していたというからすごい。


さて、コロッセオときたら、古代ローマの中枢であった、
フォロ・ロマーノへ。
foro romanoの意味は、みんなの広場だとか。
遠い古代なのに、なんだか身近に感じれてしまうのが不思議だ。
コロッセオにたむろするコスプレ剣闘士たちをすりぬけ、
S.Gregorio通りから入場、パランティーノの丘から入る。
建国の父、ロムルスが最初にここに居を構えたという伝説の地だ。
よく手入れされたファルネジアーニ庭園がり、その奥に
フォロ・ロマーノを一望できる場所がある。
そこからぐるりと周囲を見渡して、建物をぬって
なんとか7つの丘を確認してみる。
その後、ゆるやかな坂を下ってフォロ・ロマーノへ。
午前中だというのに、土と石との反射熱でもうじりじりと暑い。
歩き疲れて、ちょっと日陰の石に座って休憩してみる。

ふ〜む・・・・・


遥か2500年もの時を超えてそのままの場所が、ここにあり
そして、今、その地に足を踏み入れている・・・・圧巻。

武将たちの勝戦をたたえた聖なる道。
パレードする脇で、民衆の拍手と喝采が聞こえてきそう


いくつかの神殿跡を抜け、ずっと奥の建物は、市庁舎がある。
今でもそこで機能しているというのが、なんともローマらしい。
そして、その手前に演壇がある。カエサルが、アウグストゥスが、
長いトーガを揺らしながら、市民を前に熱血に演説をしたんだろうな。





セプティミウス・セヴェルス凱旋門の横にあるレンガ作りの遺跡。
ローマのへそと呼ばる。
"すべての道はローマに通ず"、その道の出発点。あらゆる街道は
ここから出ていたらしい。


フォロ・ロマーノを出て、ゆるい坂道を登っていくと、
全能の神 ユピテルを祭った神殿があったという
カピトリーノの丘にでる。
ぱ〜っと目の前に、ミケランジェロが設計したといわれる
幾何学模様の広場、カンピドーリオ広場にでて感動する。


"ローマは一日にしてならず"
1000年続いた古代ローマは、奥が深すぎて知りたい事が
まだまだ山ぼどある。
知れば知るほど、おもしろくてその時代の人たちの
勇気と知恵とおしまない努力に惹き付けられる。
素晴らしすぎる!
あ! いけない!
古代ローマに酔っていたら、もうこんな時間になってしまった!

2010年6月10日木曜日

VATICAN、再び

やはり、あのアナウンスに負けてOttavianoで下車してしまった私。
外にでると、さっぱり道がわからない!
以前来た事があるというにの、地下鉄で来ていないし、
こんなところを通ったこともない。
フィレンツェがほんとに小さな街だったんだな
と改めて思う瞬間。
「sempre dritto, dritto」(ずっとずっと真っすぐだよ)
と、通りすがりの人たちに助けられ、あのそびえ立つ
壁が見えた時には、ほっとした。
あとで地図を見て、なんでこんなところで迷ったんだろうか
と思う事ばかり。


あの壁沿いにさぞかし列ができてるだろうと思いきや、
何? ぜんぜんないではないか!ちょっと拍子抜けしてしまったよ。
ま、すいているにこしたことはない。
入り口の右付近にいるスタッフが、プリントアウトした
Voucherのバーコードを機械で読み取り、
セキュリティチェック後、チケットに変えてもらって
行動開始である、が、もう くたくたの状態。
とりあえず、地下のカフェテリアで腹ごしらえだ。
トレーを取り、あらかじめセットになっている種類を
自分で選び、その物をどんどん取って行くシステム。 
フレッシュなジュースとリゾットやピリ辛に
煮込んだ肉のセットで元気をだす!
これにパンもついて9ユーロとはお手頃価格。
こんなところで、お腹一杯食べていたんじゃ、
歩きまわれないからね!


ここに再び来たのは、この方、ラファエロ様に会うため。
あの有名な、アテネの学堂の壁画を通り越して、
システィーナ礼拝堂まで行ってしまい、もう後戻りが
できなかったのだ。 まったく、私くらいのものだろう、
こんな所まで来て肝心な絵を見逃すヤツは!
おかげで、再びここに戻ってくることができた。

それと、もう1つはボルジアの居間を見る事にあった。
教皇アレッサンドロ6世(ロドリーゴ・ボルジア)
の三女であり、3度の政略結婚で数奇な運命をたどった、
ルクレッツィア・ボルジア。ルネサンス時代を駆け抜けた
女性だ。 その彼女をモデルとした、
ピントゥリッキオ作のフレスコがある部屋へ。
居間というのでsalottoかと思いきや、appartamento
なのね。 なのにその壁画がある部屋は、ロープが張られ入れず。
でも、覗くとなが〜く広げた金色の髪に両手を会わせている彼女が、
しっかり見えた。美しかった!!
スタッフに聞いたら、「彼女はちょっと変った女性だったんだよ。
シニョーラ、彼女のファン?」と聞かれたが、
いや〜別にファンじゃなくて、、、、と答える。
塩野七生著の”ルネサンスの女たち”をちょいと読んだものですから
なんてことも言えず、締めのシスティーナ礼拝堂へ。
再びミケランジェロに陶酔し、しばらくあの青さに魅かれて、
ベンチに座ってずっと眺めてた。2回目は、最初の時のような
驚きの感動はないがやはり見入ってしまう。
というかこの雰囲気に圧倒させられる。
隣に座ってらしたおじいさんは、
お疲れのせいか眠ってらっしゃった。(もったいない)
ついでにボッティチェリも参加してる絵を拝見。

それでは、そろそろサン・ピエトロ大聖堂へっと
団体出口から出る出口がない?!
再び外の出口からぐるりと回り込んでサンピエトロ広場にでると、
なんと、ぞくぞくと黒いカソックをまとった聖職者たちが!
あ〜ぁ いけませぬ、あの衣装を見るとドキッとして胸が
高鳴るのです、わたくし。

ひとり、ぽ〜〜っと見とれてると、
「これから、フェスタが始まるからもう大聖堂の中へは入れないよ」っと
警備員が教えてくれた。写真が飾ってあったが、どなただろう? 
ヴァチカンの情報をチェックしてないから、わからなかったけど。
囲いで覆われた周りをたくさんの人たちが、日陰に逃げ込んで、
どうしたものかと座り込んでいる。
私も、ではプランBを!っと頭が回転しない。
当初の予定は、大聖堂の中をゆっくりと見た後、クーポラに登り、
ここからすぐの地下鉄Repanto駅近くのリストランテ”Taberna de' Cracchiで
上手いものでも食べに行こうと思っていたのに・・・・・・・

暑くて、暑くて、さっさとタクシー乗り場へ向かう。
イタリアのタクシーは、ぼったくりで有名なので、
タクシーはタクシー乗り場でというのが基本である。
2回目だというので安心していた私。

たくさんの車が客を待っている。

自分の車の外で立っていた男が、どうぞっていうから乗ったのはいいが、
「テルミニ駅まで20ユーロだけど、いい?」
っとタクシーの運転手。

は! 何? ちょっとぉ!


ふと運転席あたりを見る・・・・・・

あれ? メーターがない! うわ!やられた!


”ブルータス、おまえもか!”、フィレンツェのぼったくり
未遂事件といい、ローマまで来てまでまたこれとは。。。
情けないやら、悲しいやら、腹立たしいやら。
しかし、こんなところで降ろされても、この暑い中を、
とことことまた歩くのがめんどくさい。
アンタにチップでくれてやるわっと開き直った。
(幸いのユーロ安だから、こんな気持ちにもなれる)
このタクシーのナンバーでもひかえてやろうかと
思ったが、提示された料金に自分も承知したのだから、
これは、ぼったくられたとは言いがたいし。
後で、ホテルのフロントにそれを話したら
夕方だったし、それくらいだけでよかったねっと。
「アンタはラッキーだったよ、シニョーラ」って言われた。
上には上があるらしい。
いろいろ学ばさせてくれるわ、イタリア。
ホテルに戻って一人、部屋にいても落ち着かず、気がついたら
8月に雪が降ったという伝説の場所、サンタ・マリア・マッジョーレ教会で
賛美歌を一人ぼ〜っと聞き佇んでいた。
ここにくると、心が落ち着く。確か3年前もこんな夕方に
一人ここに来ていた。 
あ〜ぁ、なんでこんな国に恋しちゃったのかしらね・・・・・

明日、古代ローマ人にでも聞いてみるとするか。

ROMAへ

イタリアに来て4日めの朝、
フィレンツェからローマまでの1時間30分を
最高速度300km/hのフレッチャロッサ(ES)、
その1等車で、ひとっ飛び!

何が起こっても不思議でないイタリアだから、
自分の身は、自分で守るしかない。
少々やり過ぎかなとは思ったが、
スーツケースは、荷物置き場にしっかりと
ワイヤーロックで止めた後、ゆっくりとシートに身を委ねる。
迎え側の席では、社長風のオヤジがテーブルに新聞を
広げ、ケータイで朝の指示をしている模様。
”切符を拝見”と係員が来た時、ケータイの画面を
見せているので、どうやら常連のようらしい。
他の席では、ノートPCを必死で覗いてるシニョーラやら、
活躍するビジネスマンでいっぱい。
皆様、ケータイでしゃべりまくりである。

っと、私の隣にイケメン登場、服飾関係の仕事か
一生懸命、自分の座席のヘッドレストに衣装ケースを
掛けようとしている。
私に、置き場がなくて申し訳ないと話してると思うのだが、
さっぱり意味がわからん!
っと、ここでPREGO(どうぞ)って気を利かせるのが
マナーというものだが、とっさにSi(はい)と答えてしまう自分が悲しい。
そうこうしているうちに、隣の1×1の方の座席へ行ってしまった。
またまた、来る前にイタリア語もっと勉強しとけばよかったと
後悔の念がどっと押し寄せる。

あ、遺跡が見えだしてきた!
ローマだ! (どうしてかわくわくする)
テルミニ駅は終点なので、皆が降りるを待って
ゆっくりとスーツケースを取り出す。

予約してあるホテルは、この駅とは目と鼻の先、
Gioberti通りにある。
水まわりが古くてけっして快適とは言えなかったし、今時
ティッシュも完備していないとはどういうことだ!
ほんとに、ホテルは来てみないとわからない。
しかしながら、部屋は、みょ〜に広くてキングサイズの
ベッドが置いてあり、しかもフィレンツェのホテルより
料金もお安い、立地条件は抜群だ!

ゴロゴロと再びスーツケースを転がし、ホテルに入り
とりあえず、チェックインを済ませ荷物を預けたら、
駅の中の、24番ホームちかくのiへ直行する。
ここでローマパスを購入する訳だが、大事な質問をしたかったので、
英語で話そうとする自分。なのに、イタリア語が飛び出てきて
支離滅裂な文が!当然、相手はちんぷんかんぷんで
すごいいや〜な顔。それでも、なんとか必死でとりなおしたにも
かかわらず、最後まで対応も冷たかった。
(ここで、イタリア女のキビシサを思い知ったのだった。)

ま、そんなこともあるさっと気をとりなおし、
お礼参りも兼ねて、とっとと歩いてサンタ・マリア・ヴィットリア教会へ。
以前見た時は、朝早かったので暗かったが、今回は、11時近かったせいか、
太陽が差し込んですごく奇麗だった!

しかし、ローマは暑すぎる! 歩いていると、肌にじりじり太陽が
差し込んでくるかのようだ。 その後、こちゃこちゃした道を抜けて
トレヴィの泉へ。
伝説は、真なり! ほんとに再来できたことを感謝!
相変わらずの人だかりだったが、またまた、次のコインを入れてきた。
さて、ここでスペイン広場まで歩き、カフェ・グレコで一息と
思ったが、やはり時間が迫ってきた。地下鉄にさっととび乗り、
午後1時に予約してあるヴァチカン博物館へ。

地下鉄のアナウンスは、Ottaviano、そして、ヴァチカン博物館は
ここで降りると便利といわんばかり。
博物館入り口は、次の下車駅Cipro Musei Vaticaniのほうが
近いんじゃなかったっけ?

2010年6月9日水曜日

最後の夜@Firenze

今夜はフィレンツェ最後の夜、
リストランテは、どこにしようかといろいろ迷ったが、
やはり足が向いてしまうあのトラットリア。
ドキドキしながら、iPhoneでナンバーをタッチして
イタリア語でゆっくり用件を伝えた。やったーできた!
っと思ったのもつかの間、それじゃあ、7時に行きますね
の行きますをvenireの出番だったにもかかわらず、
andareを使ってたぁーーーーtohoho
場所は、ダンテの家からすぐ近くで、
私が初めてイタリアに来て、好きになったトラットリア。

店は、まだ始まったばかりで、客は、私と
もう1組のカップルだけ。
どこでも好きなところへ座っていいよって
言ってくれた。
お言葉に甘えて窓際の特等席に、座らせてもらった。
あ〜 なつかしい! あのカメリエーレたち。
そして、ここも、、、、。
あの時とぜんぜん変ってない。
「3年前にここに来た事があるけど、私を覚えてる?」
って愚問してみた。覚えてますよと言ってくれたのが、
ちょっと嬉しかった。ま、むこうも商売だからね。
嘘であっても気持ちがいい。

最初に、前菜からメインを注文してしまうのが流儀だが、
いろいろ迷ってると、まあ、そこにメニュー置いておいて、
食べながら後からでも注文してって言ってくた。
まずは、カプレーゼでた〜んとフレッシュな生トマトを
食べた後、とにかくここに来て食べたかったミネストローネ。
トマトが主張してなくて、さっぱりしたお味。
生き返ったーーーーーーー!
ほんとに、ここのミネストローネは絶品。
日本に帰ってからでも作ってみたが、なかなかあの味がだせない!
どうやって作るのかちょっと厨房に入って教えてもらいたいくらいだ。
その後、パスタが食べたいんだけど・・・・って言ったら、
大きめの牛ひき肉が入った、Tagliatelle al pestoを勧めてくれた。
量もパスタのゆでかげんも程よく、ソースも言う事なし!完璧!

女のひとりごはんちゅーものは、寂しいものだが、
窓から外を見てると、おもしろい。
向かい側に、離れた広場があり、そこに、ちょっとした
テラス席を設けたバールがある。
椅子に一人座っているシニョール、仕事帰りなのかな?
何故か、彼と目が合ってしまう。

すると、そこへ一人の女性が現れ、テーブルにつくと
お話が始まったようだ。そのシニョーラ、何やら
ひたすらしゃべりまくっている様子。
しばらくして、去っていくと そのシニョールは
また一人ぽつんといる。
また、私を見てる、私も彼を見てる。

そこへ、東洋人系の若者が、あやつり人形を自転車につんで
やってきた。どこかでストリートパフォーマンスを
してきた帰りのようだ。
しばらく話して、その若者も去って行った。
今日あった出来事や、聞いてもらいたい事を話して
帰って行くのだろうな、人生のほんの一コマだね。。。。。
ここでは、人と人の良いふれあいがあって、
時間がゆっくり過ぎて行くよ。
人生は、計画通りには進まないけど、今日は
精一杯生きられたよって、言い合っているよう
に感じられた。

あっという間にすぎたフィレンツェでの滞在。
ヴェッキオ宮殿で、そことの共通券を買ったのにもかかわらず、
行ってみたらすでに閉まっていて、教会でパードレに尋ねてみると、
そこは、美術館ではないのですよ、シニョーラ
とおっしゃって・・・・・・いろいろ説教され、
ついでにそのままミサまで参加してしまった、
サンタ・マリア・デル・カルミネ教会。
そして、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会周辺も、
何度か行き来していたにもかかわらず、教会の中へも結局入らずじまい。
計画通りにはなかなか進まなかったけど、いろんな
体験もできてほんとによかった。
ARRIVEDERCI! Firenze また来るね!

*自家製のドルチェとカフェで締めくくった後、帰ろうとすると
外は、まだ、こんなに明るい! 女の一人旅にはありがたいこの季節。
時刻は、すでに午後9時30分を過ぎている、信じられない!

チェントロで

ヴィンチからバスでエンポリに着くと、サンタマリアノヴェッラ行きの
電車が運良く待っていたので、さっと刻印機に切符を通し、
地下道をくぐって乗り込む。
さて、フィレンツェ滞在の最後の時間は、
チェントロでゆっくり過ごすとしよう。
途中、表と中にえらくギャップがある、未完成の教会、
サン・ロレンツォ教会の中で、ドナテッロ作の素晴らしい説教壇を
見、ぐるりと教会内を見渡した後、惜しみなく宝石がびしばし入った、
豪華絢爛の祭壇道具が飾られるメディチ家のお宝館を拝む。
なんだかパワー分けてもらった気がして、急に元気なる私。

あまりにも青空とドゥオモが美しすぎて、ついシャッターを切ってしまった。

再び自分の目に、このドゥモが現れた日の嬉しかったこと!
ここからぐるりと裏をまわると、ドナテッロの工房跡とされる
建物が現れ、今ではレストランや、いろんなお店に変ってるが、ここに
生誕500年を記念して掲げられた記念碑が見える。

ドナテッロが亡くなったあと、彼の弟子とヴィロッキオがひきついだ
らしいが、ほとんどヴェロッキオの工房と化し、ボッティチェリが
ひんぱんに通ったと言われる。レオナルド様もここにいたんだろうな〜
タイムスリップして彼らに会いたくなってくる。

さて〜〜
喉も乾いたし、ミネラル・ウォーターも補給せねば・・・・・・
っとあたりを見回すと、あ!あった あった バール 
イタリアでは、街を歩いていてちょっとトイレに行きたい時、
ちょっと何かちょっと食べたい時、 何かちょっと飲みたい時
気兼ねなく立ち寄れるバールがあるのがほんとに助かる。

さっきヴィンチ村でたっぷり太陽を浴びたので、
ビタミン補給ってことで生オレンジジュースと
ペットボトルの水を注文する。
っと、そこで値段を聞くと、マジ顔でトレンタ(30ユーロ)
というシニョーラ。ええええええ?? 


再び聞き返しも
また、トレンタ



っと言うではないか!
よほど私が、マヌケな観光客に見えたのかそれとも
すっかり疲れきってこれからオレンジを切って
せっせと絞るのがめんどくさかったのか、
それはわからないが、思わず私は、「高すぎだわ!」
とイタリア語で叫んだ後、壁に貼ってある料金表を見始めると、
急に5ユーロだと訂正してきた。
おい!冗談は顔だけにしてくれって言いたかったが
イタリア語で言えないのが悔しい!
これが俗にいう”ぼったくり”ってやつかと。
こういう時は、即座にそのバールから出るべきだったね。
いやぁ、でも、こういう逆境を逆手にもっとイタリア語を
勉強しなくちゃってモチベーション上がったよ。

さてさて、

気持ちを取り直して、念願だったクーポラへと上がる。
チェントロに自由な時間で滞在していると、私なりに
感じた、この場所の法則っていうのが見えてくる。
午前中は、日本人団体客の固まりが現れては消え、
午後には欧米系の団体客があちこち列をなす。
そして、夕方になる頃には、列もなくなり、
さっとドゥオモにも入れ、クーポラにも登れるということ。
先回に来た10月よりも、人が少ないということもあるのかもしれないが。

ドゥオモは、2重構造になっていてこのあたりは、弓なりになった階段だ。
あとは、ほとんどせま〜い螺旋階段になっている。この途中で内側に入る
回廊があって、ヴァザーリとその弟子たちが描いた天井の
フレスコ画”最後の審判”を間近で見れる、すごい迫力だ。
しかし、よくぞ作ったものだと感心するほかない。
登って見渡す景色は、それはそれは素晴らしかったが、
それより何より、1400年代という昔に、
この巨大な円蓋をよくぞ作ったものだと。
設計者であるブルネレッスキと、職人さんたちに感謝したい気持ちで
いっぱいになった。




こんなに明るいのに時は、すでに夕方の6時半すぎだ。
とうとう、今夜はフィレンツェでの最後の晩餐か・・・・・

VINCI村へ


レオナルド・ダ・ヴィンチを追って
ミラノへ、彼の終の住処である
フランスのロワール地方、クロ・リュセの館へ、
そして、今回、ついに彼の生誕の地まで。
3年前、ツアーで初めてイタリアに来て、
フィレンツェからピサへ向かうバスの途中、
ガイドさんが「このあたりから、少し北へいったところに
レオナルド・ダ・ヴィンチの生家があります。」と
教えてくださったのを覚えている。
この時、行ってみたい!と思わず心の中で
叫んだが、”願えよ、さらば叶わん”で、
ほんとにヴィンチ村まで来てしまった・・・・。

サンタマリアノヴェッラ駅から、切符売り場の
窓口で、エンポリ行きの往復切符を買う。
私にとっては初体験だ。
NHKイタリア語ラジオ講座で、ちょうど
このシーンをやったばかり。
ほんとにいつも役に立つよ、ありがとうNHKさん。

出発時刻と、ビナリオ(出発ホーム)をメモしがなら
係員に確認する。それでも心配で一番前の車両に乗り、
30分くらいでエンポリに着く。
ここから駅を背にして、左手にバスの事務所があり、
ここで、切符を買う。シニョーラが、次のバスは、
ディエーチeディエーチ(10時10分)!っと
まくしたてる。すると、気のいいおじさん登場で、
わざわざ外に出てきてバス停まで案内してくれた、感謝!

お客は、このあたりの住人くらいが
利用するだけのようで、行きに私を含め
3人、あとで1人乗って来て終点VINCIで降りたのは
2人だった。 なんとローカルな。。。。。
20分たらずで着いたが、私のようにバスに乗って
はるばる来るご苦労な観光客はいなく、ほとんど車で来てる人たち
ばかりだった。帰りも一人、ここからバスに乗ったのだが、
バスは、はたしてほんとにくるのだろうかちょっと不安だった。

の標識が見える。ここは、Castello dei Conti Guidi
という名で、13世紀のお城だったのだ。
お城といっても、ほんとに小さくて、
一階は、レオナルドの設計図をもとにIBMが復元した
自転車やら、糸巻き機やらおなじみの小型の模型の数々がならぶ。
ダ・ヴィンチの星!
展開図を見てると目が回りそうだ。

2階には、人力飛行機や、大型機械(仕組みがいまいち理解できなかった、
ややこしすぎるよ、レオナルド様、悔しいっ!)。
しかし、どうしてこうもややこしいものが閃くのかね、天才は。

3階はビデオルームになっていて、学生たちが見始めていた。
ちょっと、参加してみるが、イタリア語を習っているにもかかわらず、
さっぱりわからないので途中で失敬する。
そこから、さっき受付で2ユーロ(だったかな)払って塔に登る予約
してしまったので、ここのスタッフと待ち合わせた場所へ行く。

ほんとに狭くて暗い階段を、一人登って行く。
外に出て、この塔から眺める景色は、絶景でトスカーナの美しさが一望できる。
最高!

ここは、博物館を始め、図書館あり、レオナルドが洗礼を受けたという古くて
小さな教会があり、バールがあり、土産物屋があり、レストラン(閉まっていた)
があり、民家があり、1つのコニュニティになっている。
ここからさらに北へ歩いて30分、彼の生家 アンキアーノ村がある。
受付で、地図をもらい、STRADA VERDE(緑の道)と呼ばれる
散歩道へ向かう。
この道に入るまで、自動車道を歩くが車もぽつんと通るくらい。
たまに、ツーリングのかっこいい男たちが風を切って通っていく。
こんな静かで空気の上手そうなところで自転車に乗るのも乙だな・・・・・。
っと、そうこう羨ましく思っているうちに、STRADA VERDEに入る。
白と赤の横縞の小さな旗が目印に杭で打って印されているので
迷わない。この時、30度は優に超していただろう炎天下で、
暑くて、暑くて、しかも誰一人歩いていない。
こんな野道をどんどこ歩いて行く。

オリーブが茂り、エニシダやポピーが咲き乱れ、たまに野生のオールドローズが
顔をだす。聞こえるのは、小鳥の声だけだ。
きっと、レオナルドはこの素晴らしい自然の中で、ペルケェ?と言いながら
育ったんだろうな〜。。。。。時折、日陰で休むとひんやりとした風が頬を
なでていく。(この野道、行きは上り坂で甘くはなかった。)
やっとアンキアーノに着いてほっとする。

素朴な小さな家で、部屋はたった3つの平屋作りだったが、
私には、レオナルドの一部に触れたようで、
ほんとに嬉しかった。
来てよかった!
あ!さっきのレオナルド博物館のところのお土産屋さんで、
レオナルド様御用達のレプリカ革手帳を
買い忘れてしまった! こりゃ、また行くしかない。

サンマルコ美術館

フィレンツェ3日目
この日は、絶対にヴィンチ村へ自力で行くのだ
と計画していた。
っと、その前に、フラ・アンジェリコの受胎告知が
私の脳裏から離れない。


この壁画があるサンマルコ美術館は、平日となると
朝8時15分から13時50分で閉められる。
明日は、朝一でフィレンツェを発たなければならないし、
ヴィンチ村から帰って、午後に行ったのじゃ
もう、間に合わないということで、朝8時前に
サンマルコ美術館へ突進する。幸いにも
ホテルから、Nazionale通りをど〜んと突ききって
クロスしたXXⅦ Aprile通りを右にまわり
サンマルコ広場に出て、すぐだ。歩いて15分弱だったろうか、
あたりは、バス停があちこちにあり、大きなキャンパスを抱えた
学生さんがいたり、通勤の人たちでごったがえしていた。

この美術館は、サンマルコ修道院と隣接していて、
教会の入り口に近づくと、ミサの最中なのでと修道士に戒められた。
美術館の扉の前で待つ。
そこへさっきから私を見つめながらバイクに腰かけ、
タバコを吸っていたシニョーラが、8時15分になると
入って行った。スタッフの人よりも早く着いてしまった!

階段を上がると、ふぅっと現れるフラ・アンジェリコの受胎告知。
意外にも小さいのに驚いた。やさしい色に彩られ、
朝日が照らしているせいか、翼のあたりだけがチカチカ光る。
なんて美しいんだろう・・・・・・
マリア様の謙虚なお顔、何故か心が洗われる気がして、
一人、静粛な時間が流れた。

ここは、修道僧の僧房である小さなお部屋がたくさんあって
そこに宗教画がが掲げられている。美術館というよりも、
修道院そのままだ。
不思議に心が平静になり、おだやかになってくる。
かつての修道院長は、ルネサンス時代の人々に堕落を戒め、
悔い改めよっと説いたあの怪僧サヴォナローラだ。

2010年6月8日火曜日

13

13というナンバーは不吉か、はたまたラッキーナンバーか?
お客様13人招待となっても、テーブルは、
絶対に13人一緒に並ぶことはしないと
ローマ人のイタリア語の先生は、おっしゃっていた。

なのに、今宵行くトラットリアの店の名は、
13 gobbiとういかにもやばそ〜うな名前である。
実は、私は、フィレンツェに着いたら
どんな腕利きシェフの創作料理よりも郷土料理を
食べてみたかったのだ。今回は、何でも挑戦してみるという
旅にしたかったから、牛の胃袋、蜂の巣の部分を
トマトソースで煮込んだ、Torippa alla fiorentinaを
食べてみたかった。
ホテルのコンシェルジュといろいろ話しているうちに、
トリッパは、通常フィレンツェ人たちは冬によく食べるらしく、
メニューにあっても、今日はないっていうこともあるからって、
電話でいろいろ尋ねてくれた。
そこで一件見つけてくれたのがココだ!
場所は、サンタマリアノヴェッラ駅付近のPorcellana通りで、
この薄暗くて細〜い路地にぽつんと灯が灯っている店なのですぐわかる。

牛の胃袋をトマトソースで煮込んだあと、チーズを乗せてオーブンで
焼いてある。あたりを見回すと、結構食べている欧米人が多かったが、
私としては、残念ながらあまり美味しかったとは言えない。
途中でリタイアした私を、体も小さい方なので、
カメリエーレが”ほんとにアンタはピッコラだな〜”とからかったが、
まあ、良い体験をした。
右隣に座っていた2人のばぁーちゃん連中は、
フィレンツェ名物Bistecca Alla Fiorentina
の肉の量のすごさに腰を抜かしていた。
以前来た時に、他店でそれを食べたことがあるが、ここの量は、
半端じゃなかった。
そして、
帰ろうとする入り口付近は、なんと凄い行列ではないか!
欧米系の観光客にすごい人気のある店だと後で知った。

この日、ちょっとした事件が自分に起こった。
このトラットリアにくる前に、明日は、ヴィンチ村まで
サンタマリアノヴェッラ駅から電車に乗らなければならない
ということで、駅まで下見に行ったのだ。
駅で、電車の写真を撮ったり、小銭に替えるために、売店でお買い物をして
いたのだが、な〜んか背のえらく高い男が私を見てるなと感じていた。
帰り道、ホテルのあるFiume通りで、背後から男の声。
最初は、誰かが携帯で話してるのかと思っていたが、よく聞くと
"ちょっと質問があるんだ! 質問だけだよ!SOLO UNA DOMANDA!"
というので振り返ると、なんとさっきの男が!
きゃ〜こわっ!
どうも後をつけられたようだ。
この通りは、静かでもあるが逆に人通りも少ない。
運良くリヤカーを引いたおじさんが近くにいたこともあって
よかったのかも。即座に、ホテルに入り込んだ。 
いったい何の用だったんだろうか?
賞味期限もとうにすぎて、痩せて美味しそうでもない
こんなアジア人の女に、ナンパとは考えにくい!
一人あれやこれや妄想のを膨らます
一夜だった。

神様が助けてくださった、感謝しよう。

Firenzeの職人魂

私が何故、フィレンツェに魅かれるのかという理由の1つは、
クリエータの街、アーティストの街だから。
ここには、いくつもの小さな工房が点在する。
なにげに通りを歩いていると、いろんな工房に遭遇する。
そんな中、絵画に付けるフレームの工房をちらっと覗くと、
日本人だろうか、アジア人の女の子がせっせとフレームを
磨いている姿を見かけた。
がんばれ!シニョリーナって思わず応援したくなる。
いいな〜 私もいつの日かここへアートの修行に
これたらな〜などと無謀な夢を抱く。

そして、
ここへ来たら、必ず寄りたいお店があった。


それは、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会近くの、
Palazzulo通りにある、工房件ショップ、"Il Bussetto"だ。 
ガイドブックにも載っているくらいで、結構有名なのらしい。
夕方覗いたら、"TORNO SUBITO(すぐ戻ります)"と張り紙が・・・・・・
一人で作って一人でやっている様子で、こんなことも
めずらしくないのだろう。
日本にも何度か行った事があるそうで、ここの店のイメージ絵も
日本人のアーティストによる切り絵だそうだ。
私が行ったら、先客も日本人のカップルが来ていた。

ここのオーナー、ジュゼッペさんが一つ一つ手で作る
革製品の小銭入れは、まさに芸術品そのものだ。
ぴっちりと一寸の狂いもない。
店と言っても、あちこち
革の端切れやいろんなものが散乱していて、
ほんとに職人さんの工房そのものだ。 
かたくなにその技法を守り抜いている様子が感じられる。

自分の好きな小銭入れを選んだら、
フィレンツェのシンボルマークを好みで入れてくれる。

そして、

ここからがニクいのだ。
財布の真ん中あたりに金箔のついた小さな四角形の
ビニールシートのようなもの乗せ、ぐぅーーーっと力一杯
型を押した後、私に、このシートをはがしてご覧とおっしゃる。
ふ〜む、はがすのも結構難しいですな〜。
途中で金箔がかけてしまって、再びジュゼッペさんの
手で修正してくださったが。。。。

今では、よい思い出となっている。
イタリア語が出来たら、もっとお話ししたかったな〜
大事に使って、そして再びまたここへ来よう。
今度は、イタリア語をもっと話せるようにがんばります!
ありがとう、素敵な小銭入れを!素敵な思い出を! ジュゼッペさん

Leonardo VS Michelangelo

ヴェッキオ宮殿内にある、5百人広間
ここで、レオナルド VS ミケランジェロの世紀の対決が
繰り広げられるはずだった。
レオナルドは、制作途中でミラノへ、ミケランジェロは
教皇に呼ばれてローマへ。
でも、確かに、この空間で、梯子に乗って
レオナルドが右側に、壁画”アンギアーリの戦い”を
描いていたとされる。
ここへ来て、この空気を感じてみたかったのだ!

レオナルド様、絵の具を乾かすのに、
火を炊いちゃったのがいけなかった!
せっかく描いた絵が、どろどろと解けだして、汚れて。
その時の彼の気持ちを考えると、なんだか切なくなる。
今では、ヴァザーリの絵でど〜んと占められている。
このたくさんの絵の中の1つに、”CERCA TROVA
(探せ、さらば見つからん)”
と言う謎めいたメッセージが描かれているらしい。
そんなものも同時に探そうと上ばかり見ていて
首が痛くなってしまった! 
ほんとにこの絵の下にレオナルドの絵が埋まってるんだろうか??
また、ここには、ミケランジェロの彫刻も1つある。

このあと、フィレンツェに来たら必ず見とかなくっちゃ
という、ミケランジェロのダヴィデ像があるアカデミア美術館
への予約が、午後3時に入っていた。
それが、また、オンライン予約で、ヤキモキさせられた。
ウフィッツィ美術館は、必須だったため確実性を重視し、
少々手数料は取られたが、代理店にとってもらった。
が、アカデミア美術館はダヴィデ像だけが目玉だし
ま、予約はいいかなと侮っていた。
しかし、ネットでいろいろ情報を得ているうちに、
やはり並ぶかもしれないと、あわてて予約を出発日1週間前にとる。
http://www.polomuseale.firenze.it/english/
すぐさま予約完了で、3日以内にvoucherをメールで知らせる
とあったきり、出発日当日になっても来ない!
ふ〜む これが、イタリア時間というやつか・・・・・・
それが証拠に、ホテルから自宅宛に出した絵はがきが
Posta Prioritaria(航空便)と赤字で書いたにもかかわらず、
未だに着いてないが、絵はがきだけが一人放浪の旅を
しているのだろうか。

フィレンツェに着いてから、ホテルのロビーに旧型WINマシン
があったが、ここに自分のパスワードを入れるなんて気が引ける。
この時、iPhoneを持って行ってほんとに助かった!
アカデミア美術館の受付で、受信したvoucherナンバー記載の
メールを見せるだけでOKだった。
外で、暑い中で結構並んでいたし、予約しておいてほんとによかった!

そして、中へ・・・・・・

ダヴィデ像、それはそれは素晴らしいのひと言につきる。
天井から光が差し込み、26歳のミケランジェロのパワーが、
ひしひしと伝わってくる!!きゃ〜〜
背中もお尻も完璧そのもの、そっとさわってみたくなる。
気絶するほど美しい。

人、人、で湧いてる中で、一生懸命デッサンしている若者がいた。
刺激させられるな〜、最近、ぜんぜん絵を描いてない自分に反省。
ミケランジェロの作りかけの作品も数々展示されている。
ノミで、こつこつと彫ったあとがリアルに目の前にある。
これが、あんな滑らかな肌に変身して、命が吹き込まれるのかと
思うと信じられない。
彫刻もPAZIENZA(忍耐)の固まりなのだなあ。

巨匠たちとの再会2

ウフィッツィ美術館の館内のバールで、
見晴らしの良いテラス席に座り、オレンジジュースを注文する。
館内は、ペットボトル持ち込み禁止というのもイタイが、
逆にこうやってヴェッキオ宮殿を眺めながら、
太陽の下でのんびり気分転換するものいい。
さて、
今回は、少々気になる絵があった。
それは、23号室にある”レダ”だ。
レオナルド自身の描いた”レダと白鳥”を、行方不明となる
前に、たくさんの画家が模写をしていたらしい。
この絵は、レオナルド周辺の画家が描いたとされいて、
一番弟子のメルツィではないかとも言われている
レダは、スパルタ王テュンダレオスの妻。
あまりの美しさにゼウスの神が、白鳥に姿を変えて誘惑する。
そこで生まれた子の中に、絶世の美女ゆえ戦争まで
引き起こす原因となったヘレナがいる。
なるほど、美しいはずだわ〜。
ゼウスが化けた白鳥のこの目が、なんとも
おもしろい。また、足下付近に描かれた
植物の細やかさなんぞ、レオナルドの受胎告知
を彷彿させる。マエストロの教えを素直に
受け継いでいるな〜と勝手に自分で分析している私。


あ、そろそろ


只今ブレイク中のカラヴァッジョに会いに行こう。
今年は、彼の没後400年記念ということで、映画も上映され
何かと話題になっている。
ここでは、10月17日までやってるとのことで楽しみにしていたのだ。
っと、いきなり、メデューサに再会し、改めてこの目の美しさに惚れ惚れする。
いかん!あんまり見つめると石にされそうな気がしてきたので、
どんどん先へ進んで行く。
あれ? へべれけバッカス君がいない?!
スタッフに聞いたら、只今、ピッティ宮殿に出張中だとか。
あ〜残念、無念。会いたかったのにな〜
カラヴァッジョ展といっても、
ほとんどカラヴァッジョ派と呼ばれる
人たちの作品で固められてるだけのことだったのね。
”イサクの犠牲”もどこにあったのやら。

もっと見ていたい気持ちを押え、後ろ髪を引かれる
思いで、ウフィッツィ美術館を出る。
真ん中の広場では、顔を白色でぬりたくって、
コスプレをしたダンテやら、ダ・ヴィンチコードの本を
抱えたレオナルドやらがスローモーションで動いて、
にぎやかに人々を集めていた。
ここに写真をアップしたいところだが、残念ながら
少々ややこしいことになりそうなので、やめておこう。
アルノ河沿いの出口から出て、ヴェッキオ橋を渡って
宝石に目がくらみ、修復中のチェリーニは、フェンスで
囲まれて見えず!
その後、戻ってヴェッキオ宮殿内を見学した後、
シニョーリア広場へ。
カフェRivoireでランチとしゃれこんだ。

シニョーリア広場、このあたりは、レオナルドの時代からほとんど
かわってないらしい。ルネッサンス最高潮時のアーティストたちが
行き交っていたのだろうな〜と感じながら、チョコで有名な
”Rivoire"に座る。さっきヴェッキオ橋まで歩いて
暑かったので、程よく冷えたビールのうまかった事!
おしゃべりなカメリエーレが、「シニョーラ、こんな暑い日にゃ、
海と山 どっちがいいかね?』と聞くので、
「ん〜 山のほうがあたしゃいいね。」
と、つたないイタリア語で答えてみる。言葉が通じるとほんと嬉しい!
(フィレンツェでは、必死で覚えてきたイタリア語を、
調子に乗って楽しんでいたけど、ローマに行ってからは、
さんざん打ちのめされたあ(泣)

ピッコロ・パニーノの後のドルチェはもちろん、とろとろチョコがた〜っぷり
かかったパンナコッタとカフェ、カカオの香りが絶品だったよ。
それにしても、新婚さんが多かったこと!  お幸せに!

巨匠たちとの再会1


フィレンツェの2日目
まず8時30分に予約していたウフィッツィ美術館へ早めに直行。
すでに人がばらぱらと並びだしている模様。
レオナルド・ダ・ヴィンチ像、
ここで3年前、フィレンツェを立つ日、
まだ薄暗い朝早くに、ここに来て、
必ずまた、ここへ戻るからとレオナルド様と固く約束した。
ほんとに、戻ることができた!
GRAZIE! LEONARDO


さっと予約者が並ぶ3番窓口へ。
ここで予約時にもらった VOUCHERをチケットに交換してもらう。
そして、再び窓口1番で並ぶというシステムだ。
ここの1番で個人と団体と分かれて並ぶ、これがまた
わかりにくい。 あやうく間違って団体のところに並ぶところだった(笑)

さて、入場とあいなった。
2回めなので、入り口右にあったオーディオガイドを借りるか迷ったが、
今回は、感覚で見てみようと意気込んだ。

ジョット作、やさしい玉座の聖母に再び迎えられて幸せ。
あ! お久しぶり! シモーネ・マルティーニの受胎告知
マリア様、相変わらずそのお口元、ほんとに個性的だな〜
しかしながら、このトレチェントと呼ばれる14世紀あたりは、
どうも身が乗り出さない・・・・・。


どきどきしながら、第10室へと入って進んで行く。
あ〜 あった あった 見たかったよ ヴィーナスの誕生!
こんなに大きかったんだ、改めて感動。
一コマ一コマ確認するかのように見入る。
模写していた時、どんなにここに来たかった事か!
すごいな・・・・・ ボッティチェリ。
しばらく、感激で言葉にならなかった。
メディチ家の庇護を受け、彼の絶頂期の頃だから
絵も見ていて実に心地好い。

レオナルドは、自身の手記の中に、彼のことを水ぶくれのあほうで、
スポンジを壁に押し付けた斑点からでも、美しい風景に見えると言うが
それは、風景を研究するとは言いがたく、貧弱極まる
風景を描く(レオナルド・ダ・ヴィンチの手記、杉浦明平訳から)
というようなことが書かれてあったのを読んだ事がある。
レオナルドの受胎告知の中央に描かれた、青く煙った山々や
そのふもとにひろがる小さな建物をよく観察すると、
すごく細やかに、綿密に描かれてるのが見える。
今回の一人旅の自由な時間で、そんなところまで
じっくり観察できてよかったと思う。
ボッティチェリについて、背景に描かれた風景を見て
確かに、イラストっぽいと感じたりする時もある。
でも、マニィフィカトの聖母なんか見てると円形の中に
引き込まれるのはやはり、彼の持つ独特なマジックなんだろうな〜

そして、やっぱり足が向かうのは、
ヴェロッキオ親方作 キリストの洗礼
レオナルドが天使を担当したといわれる。
ヴェロッキオ親方が、この絵があまりにも素晴らしすぎて
彼自身、これ以来、筆を絶ってしまったとかいう、いわれ付きの絵だ。
この子だけ、この絵の中でひときわ際立っている。
そして、この子の顔を見てると、ほんとに幸せ気分になれる。
ぽ〜〜っと幸せ色にそまった頬にそっと口づけて見たくなる。
と、うっとりしていると、どっと日本人の団体さんが!
やれやれ 椅子に座って去って行くのをじっと待つとするか。
こうやって遠くから、レオナルド作 東方三博士の礼拝を
眺めていると、マリア様背後の人たちが絵から飛び出して
リアルにうごめいている、ひや〜不気味!
こんなにリアルに見えるとは・・・・・再発見した。
あ〜 ちょっと気分転換、 バールへ行ってこよっと。

2010年6月7日月曜日

フィレンツェのホテル


フィレンツェでのお泊まりは、Hotel Albani
MIXIでいつもお世話になっているマイミクさんの
お勧めで駅からも近く、しかも静かということで
ここに決めた。 
駅からゴロゴロ スーツケースを転がしながら
数分で着く。
スタッフの方も親切で、お部屋も水回りもきれいだ。
勧めてくださった彼女に感謝!

ここに着いたのは、7時半過ぎだったが、まだ太陽がかんかん
と高い位置にある。今すぐにでもドォモあたりまで行きたい!
だが、今宵はまずフライトで疲れた体を癒しすことにあり。
ゆっくりとバスタブに浸かったあと、
このホテルの中にあるリストランテで夕食をとろうと思っていた。
が、こんなに素敵な場所で夕食がとれるとは夢にも思っていなかった。 
場所は、1階の外の中庭にある。どうやら、フィレンツェも今が
一番良い季節なのだろうか、静かで、ひんやりとした空気が
お風呂あがりに心地良い。
小鳥がさえずり、ジャスミンが咲き乱れ、薔薇も
仲間に参加している。こんな素敵な空間の中に、
だ〜れもいなくて、しかも私一人の貸し切り状態だ。
愛想の良いカメリエーレが、迎えてくれて
さあ、スプマンテから始めよう。。。。
プリモピアットは、フィレンツェ名物のパンをトマトで煮込んだ
パッパ・アル・ポモドーロのバジル添え
セコンドピアットは、アヒルを食べろと
調子のいいカメリエーレが、みょ〜に勧めるので食べてみた。
ぷちぷちした緑の小さな胡椒玉がパンチを効かせて
味付けが少々濃かったけど、まあまあいけた。
それよりなにより、ここのハウスワインの美味しいこと!
至福のひととき、
の〜んびり時間が過ぎて行く・・・・・


再びイタリアへ 

2007年に初めてツアーで行ってから、2回目のイタリア。
今回は、女一人、さすらいの旅なのだ。
目的は、もう一度フィレンツェでヴィーナスに会うこと。
レオナルド様の生誕の地に行くこと。
ローマで、古代ローマを満喫すること。
念願だった青い洞窟のあるカプリ島に行くこと。
そして、
今習っているイタリア語の実践も兼ねて、
勇気をもって躊躇ぜず行動しよと心に決めていた。
おかげさまで晴天続き、連日30度ちかく
まであがったイタリアを満喫してきた。
女一人旅、いいカモが来たと、
ぼったくられそうになったり、後をつけたりたりと
まあ、いろいろあったが無事帰国できたことを感謝しよう。


セントレア(中部国際空港)から、フランクフルト経由でフィレンツェから
入り、ローマから帰国するというフライト。
前夜にルフトハンザからオンライン・チェクインの
メールが来ていたが、リンク切れでそのサイトに飛べず。
iPhoneからでも出来なくて、いったいどういうこと?
ま、通路側は確保していたので、チェックインカウンターに並ぶと、
なんとそこには、ビジネスクラスへのアップグレード(Nagoya→Frankfurt間のみ)
のお誘いが!
しかも、本日限定で45,000円だという。
なんというラッキーな! すかさず申し込んだ。

ん〜やはり、ヒジョーーーーに快適である。
座席を探して座ると、さっとCAがウェルカムシャンペンを持ってくる。
おっと、まだ離陸前なのでちょっとだけにしておこう。



食事は、ごらんのとおり、陶器で運ばれてくる。
この日の前菜は、カニの上にキャビア おぉぉ ゴージャス!
足下もスイッチ一つで長さが調節できて、快適、快適。
一回ビジネスに乗ったら、やめつきになるってこのことね。
あっという間に10時間と少しが経ち、フランクフルト空港に着陸。
そこから、パスポートコントロールを抜けてゲートからバスに乗って
飛行機まで行くという、とにかく広すぎるこの空港!

フィレンツェに向かう途中でアルプスが見える

あ〜このアルプスをあのハンニバルがたくさんの兵士たちや象までも引き連れて
渡ってきたかと思うと、ぐっとくる。
一人感慨にむせぶ私・・・・・

ドイツ本場のあの酸味のあるパンに、こってこてのマヨネーズ付き
チーズサンドをほうばりながら、下を覗いていると、
街が見えだしてきた。

そろそろ、フィレンツェだ、え? なんという小さな飛行場なの!
と驚きながら、出口に出るとさっさとタクシーに乗り込むビジネスマンたち。
ちょっと待てよ、この先に確かバス停があったはず。
っと思いきや、ぞろぞろと皆バス停に集まってきた!
ここで日本人の親子連れの方と出会い、心強かった。
ドイツから入られたそうで、これからサンタマリアノベッラ駅から
電車に乗ってテルメのある街までいくそうな。
いや〜すごい!手元にしっかりガイドブック”地球の歩き方”をお持ちだった。
私と同じですな〜
バスは、5ユーロでサンタマリアノベッラ駅まで連れてってくれて、
切符は、運転手から直接買う。
さて そろそろ駅だ!